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2012年1月19日 (木)

『若い』ってことは

何も,人間のことだけではない。

『自動車』文化も若い。

『自転車』文化は赤ん坊以下だ。

※前もって言っておきますが,以下は自転車好きの方は気分を悪くする内容です。「個人ブログ」ですので,思ったことを書きますので,ご容赦を。

大先輩ラン友,「うるとらももさん」のコラムに色々思った。

Corredorさんのコラム

僕は交通手段として一般交通機関以外を生活から排除しない。つまり自分が何かを運転する生活は実際問題として捨てられないという前提で考えて欲しい。


自分は原動機付きの一般的な移動手段は全て運転する。

そして,よく歩くしもちろん趣味として走る。事故を起こす可能性も・被る可能性もどちらも高い。

生涯で交通事故に関与したことは複数回あるので,それぞれの危険性はかなり意識が高いほうだと思うし,車を運転するときもランニング時も,かなり周囲を気にしている方だ。

本当は使わかければいいのだが,音楽を聞きながらジョギングするのも,自動車の走行音を遮断する完全密閉式やカナル式のイヤホン製品は使わない。

それでも,交通事故に関わる事態は起こる。

僕の今回の事故相手,56歳の男性(無職)は長期糖尿病透析通院で,普段自動車の使用頻度は低い。だからだろうが,任意保険は無加入。

1月19日(木)の山陽新聞にもこんな女性の記事が。

保険代理店経営の親族によると,「実は自動車の無保険は結構いる。仕事上,入っていない人には強く勧めるがそれでも知らん顔の人にはそれ以上言えない。」

その叔父は,『何かの統計で2割』という数字を出した。

そう考えると,かなり見えない危険性の中を我々は日々暮らしているわけです。

性善説・性悪説どちらを支持するかと言えば,小さい頃から僕は基本的に前者。そう考えて暮らしていれば,有事の対応は速いし,自分に不利な事態がふりかかる確率を下げられる。(仕事も趣味も同じですね)


運転マナーに関してはどうか。


『自動車の文化』『交通手段の文化』ってものがあると思う。交通マナーや,乗り物に関わる人間の成熟度のことを言っているのだが,産業革命をいち早く経験し,急速ではあるにせよ,それ以降の長い歴史がある西欧に対し,日本は歴史が浅い。1920年頃はほんの一握りの階級の人間しか車には乗っていなかったし,男女問わず一般的に市民が運転するようになったのはここ30~40年くらい。

まだ日本はいい方か。急速に自動車文化が入り込んだ国がどうなるかは近隣のアジア諸国へ旅行すればおわかりでしょう。

技術の力を借りて死亡事故が減ったにせよ,自動車をとりまく意識はまだまだ成熟に時間がかかるのが現状。

「危ないものだ,それを自分が操っているんだ」という意識が浸透しない限りは,上記のような無保険車ってのは減りはしない。もし,僕のこの記事を読んでいる人が「まあいいか」気分で無保険車を操っているなら,たとえ原付であったとしても,ぜひすぐ加入してほしい。(原付バイクの無保険は実に多いが,自動車のほうが台数が圧倒的に多いので,話題になりにくい)


話は自転車に移る。

ももさんのブログに出てくる自転車(特にロードバイク)のことだが,自動車文化でさえ成熟していない日本に,今度は自転車がどんどん浸食してきた。元から自転車を楽しんでいる人は別にして,震災や「似非エコ」の影響も含めて,マスコミや商業関係者がブームだと煽った感は強い。急すぎる。

急に増えたのもあるだろうが,もともと自転車保険なんかの加入率は,無茶苦茶低い

日本人の半分は保険の存在も知らないわけだから,自転車と(が)事故を起こすということがどれだけ恐ろしいことか。人間に損傷を与える,時には命さえ奪っているという事だけではなく,運転者に賠償能力がゼロに近い事態も多々あり,無保険の場合それに対応するには訴訟を起こすしかない。自分の損害賠償保険を「代行交渉してくれる」契約にしておかないと,全て自分での対応になる。傷害保険に入っている人は,対人・対自転車に対応できるか確認するとか,特約で付帯するかがいいかもしれないが,所詮保険は保険,事故に遭って骨折・入院したって何も嬉しくはない。

その状況で,昨今のロードバイク流行だ。

朝・夕のロードバイク通勤・通学をしている人を観察してみて欲しい。(ママチャリだって同じです)

(特にロードバイクは)あのスピードで,あの位置を,LED点滅程度で駆け抜ける。しかも多くは無灯火。

ロードバイクのLED点滅点灯では,「こっちはちゃんと位置表示してますよ,事故の時にはぶつかったあなたの責任もありますよ」言い訳をしようとしているようにしか感じられない。せめて原付バイク程度の光量が欲しい。

そしてもっと怖いのが,あのスピードで走行音がほとんどしない。

ロードバイクの皆さん,申し訳ないが僕にとっては凶器にしか感じられない。

この自動車文化未成熟の日本で警察や行政の対応批判をいくらしたって,すぐに改善は追いつかない。誰が考えたって,今すぐに道路に専用レーンが確保されて,すべての自転車がそこを通行するようにはならない。現に既にレーンがある,例えば総合運動公園や岡山西バイパスでさえ,レーンを守って通行する自転車ほぼ皆無だ。逆に人間レーンを歩いたりジョギングしていると,邪魔だという顔をされる。

まだブームは平均的な日本人までは浸透していないが,大きな事故はこれからいくらでも起きる。

環境問題と同じで,こういった問題はいくら大人を啓発しても・罰金刑化しても難しい。(ポイ捨て・分別しない・ビニールを庭で野焼きする大人が多いでしょ)

行政の道路環境整備も必要だが,最終的には30年くらいかかると考えて,小さなな子どもから始めないと世の中は変わらないと僕は思っている。大人をいくら叱っても無駄だ。

周囲にトライアスロンを楽しむ人や自転車競技に興味がある人も多いし,ちゃんと保険に入っていて十二分に配慮して安全運転で・・・という人がいるのも分かっている,知っている。

わかっているつもりだ。

でも僕は

今も昔も,原付バイクと自転車が怖い。

僕はこれからも,趣味として『免許の必要がない』自転車には乗らないという選択肢を選ぶ。

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コメント

歩行者と自転車の接触事故を防ぐために、自転車の、車道走行を勧める、という警察の方針に疑問を抱いて、別のブログにも意見を書いたことがありますが、ここは、「チャリダーには性悪説」を適用すべきでしょう。

逆に、車道を仮にママチャリが走ると、ボクのようなライダーや4輪も迷惑なワケで。

歩行者と自転車の事故では、すでに高齢者の歩行者との事故で死亡事故も起きているから、それを保証できないのは、加害者にも被害者にも悲しい現実。

県営グラウンド近くの自転車道を走らないチャリにも、言い分はあると思います。
だって、バス停なんかの関係で、歩道と合流させられる箇所もあるし、「ちゃんと分かれて走れ」といわれてもムリな部分もあると思います。

せめてもの保証のために、自転車の人身事故の保険強制加入しか、方法はないと思います。
そんなの、すっごくイヤだけど。

ヨーロッパとかの、チャリンコ文化先進国(?)はどうなのでしょうね。

>ももさん
僕は市街地に生活してないのですが,たまに中心部に買い物とかに出かけた位でも,いろいろ思いますもん。休日の表町商店街近辺も,小さい子どもにとっては凶器の自転車だらけです。親が守るしかないのですけどね。

むずかしい問題というか事態になってますね。岡山駅西口~岡山大学までの朝の東歩道は、それは恐ろしいほどです。夕暮れもそうです。何か手を打たないと・・・と思いますが、市や大学当局はその危険性について、学生たちと同様に当事者意識がありません。
西ももさんもそうでしょうけど、事故の記憶は足をすくませますね。そのうちに慣れてゆくのでしょうけど…

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