フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

ご意見・ご感想

無料ブログはココログ

« アルファベットは26文字? | トップページ | 【倉敷市真備町災害支援】今日できることは »

2018年7月 7日 (土)

誰でも可能性は、ある

1530941565771.jpg

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56393

大学時代の一般教養授業で面白かった授業の一つに

「憲法」

がある

(豪雨で勤務先に着けなかったので帰宅,ちょっと諸記事読んで・・・・・)

テキストもあったし,日本国憲法の授業ではあったのだが

当時の教授の講義テーマは「二次大戦前後の日本」であったように記憶している

自分の爺ちゃんが戦死しているだけに

個人的な興味は

「なぜ日本って国はいとも簡単に太平洋戦争に突入したのか」

「異を唱えたり,勝ち目は薄いと分析する人はいなかったのか」

「なんで皆『お国のために』になってしまったのか」

だった

集団心理,とでも言おうか

高校時代も世界史選択だったし,ファシズムの台頭にも興味があり

ナチ,ヒトラーがなぜあれほど受け入れらたのか

にも興味があった


甲南大の田野教授の講義は,御本人が非常に危惧されている通り,下手したら思わぬ事態を引き起こす可能性を秘めている

でも,どれくらい私達が容易に,権力や雰囲気に飲み込まれてしまうのか,同調圧力に屈するかを教えてくれる


正直なところ,内容や程度の違いはあれ,自分の職場セミナーで部分的に似たような事が起こっていると思うこともある

人は


「気持ちよく」なることに


「慣れる」のだ


声を出したり,同じ動きをし

一体感を出すことの快感

一方で

「個性を承認してもらえる快感」

もあるだろうが

「一緒であることの快感」

の方に心地よさを感じるからだろうか?

いろいろ考えさせられる記事だった


話は少しそれるが

この講義の延長線上で,当時よく本を読んだのは

70年代の安保闘争のこと

何で自分たちの先輩方は

あのようなエネルギーがあったのか

何が目的だったのか

何で「浅間山山荘事件」が起こってしまったのか

彼らの心理状態は?

そして

あれだけ,熱く日本を変えようとした先輩方が

なぜ,あれだけ急速に冷めていったのか

今はこんなに普通に,穏やかに暮らしているのか

機会あるごとに本を読んでみたり,報道番組を見たりした

でもよくわからない

ファシズムとはまた違う

機会があれば

当時学生(高校生も活動していた時代)だった方には聞いてみるのだが

あまり話したがらない方も多い

それも少し恥ずかしそうなのだ


オウムの事件が起こった当時

浅間山荘のシーン(子供ながらに微かに覚えている)

上九一色村の光景が

重なった

昨日の死刑執行のニュースを見たり

中川・元死刑囚の同級生の方と話をしたりして

いろいろ思い出したのですね

人はいとも簡単に,たとえ疑念をもってはいても

「戦」に向いてしまう

亡くなった婆ちゃんが私によく言ったのは

「戦争さえなければなぁ」


戦時中

戦死した爺ちゃんはどんな心理状態でフィリピンに出向いたのかなぁ

婆ちゃんは

どれくらい本気で

「お国のために」

と送りだしたのかな


どれくらい

嫌だったのかな

何で当時の日本人は

あれほどいとも簡単に

戦闘モードに入ってしまったんだろう

仲良かった婆ちゃんには

さすがに聞けなかったなぁ


もうすぐ初盆だね

婆ちゃん

仏壇で聞いてみるか

« アルファベットは26文字? | トップページ | 【倉敷市真備町災害支援】今日できることは »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1194379/73816853

この記事へのトラックバック一覧です: 誰でも可能性は、ある:

« アルファベットは26文字? | トップページ | 【倉敷市真備町災害支援】今日できることは »